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談話会・年次大会の記録

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第313回

日 時 2019年1月25日(金)18:30−21:00

会 場 ウィングス京都2階ビデオシアター

発表者 武笠俊一氏(三重大学名誉教授/民俗学、地域社会学)

論 題 渋沢敬三の「野外博物館」構想 ーその夢と挫折ー

要 旨
昭和10年代初め、渋沢敬三は今和次郎・高橋文太郎の協力を得て「民族学博物館」の建設を試みた。
それはストックホルム(スェーデン)の「スカンセン博物館」のような
野外博物館を日本に建設しようとする壮大な試みであった。
当初、渋沢たちは国立博物館としての建設を目指したが、戦局の悪化とともに行き詰まり、
高橋文太郎が提供した東京市郊外の保谷の土地に、小規模な博物館が開設された。
この博物館には、渋沢の構想にそって「民族研究所」が併設された。
この研究所は戦争激化の中で国立(文部省)に移管し、国家主義的な政策の一翼を担うことになる。
この国立移管を主導し研究所の運営に辣腕をふるったのが、渋沢敬三の親友であった岡正雄であった。
しかし、岡の活躍は、結果的に博物館と研究所の廃止を招く。
戦後1977年大阪府吹田市に「国立民族学博物館」が建設され、
初代館長の梅棹忠夫は「渋沢敬三の夢が実現した」と誇らしげに語った。
しかし、この博物館は渋沢の夢とは似て非なるものであった。
それは渋沢たちの野外博物館構想を詳細に検討すれば明らかなことである。
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