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談話会・年次大会の記録

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第301回

日 時 2017年9月28日(木)
会 場 ウィングス京都

発表者 磯部 敦氏(奈良女子大学)・近代日本出版史

論 題 「澤田四郎作の営為ー澤田文庫等の調査から見えてきたことー」


要 旨
澤田四郎作(1899〜1971)。
医者(小児科医)にして民俗学者。
近畿民俗学会(前身は大阪民俗談話会)の創設者。
同会の雑誌『近畿民俗』を運営する編集者でもあり、
自著『ふるさと』や『五倍子雑筆』などを自ら出版する発信者でもあった。
学問交流の場として開放した自宅には方々から研究者が集い、
柳田國男や渋沢敬三、折口信夫らとの交流とも相俟って、
宮本常一をはじめとする研究者を育てあげた。
いわば澤田は媒介者であり育成者でもあった。
奈良女子大学文学部なら学研究会では、こうした澤田の多面性を検証するべく、
大阪大谷大学澤田文庫、遠野市立博物館、澤田家が所蔵する澤田四郎作旧蔵資料の調査を
おこなっている。本発表では、
(1)これまでの調査の報告、
(2)交流という側面からの旧蔵資料群の評価・検証、
(3)澤田の発信者としての特質を自費出版という側面から検証してみたい。

第300回(日本民俗学会第69回年会プレシンポジウム共催)

日 時 2017年7月30日(日)13:30-17:00
場 所 佛教大学二条キャンパス(京都市中京区西ノ京東栂尾町7)

プレシンポジウム
「山・鉾・屋台行事」の意味論/政治論
―京都で考える民俗学のかたち―

趣旨説明・進行 村上忠喜(京都市歴史資料館)、島村恭則(関西学院大学)
パネリスト 橋本章(京都文化博物館)、福間裕爾(福岡市博物館)、
      岡田浩樹(神戸大学)、菊池健策(東京文化財研究所)
コメンテーター 俵木悟(成城大学) 

趣旨
昨年12月、33件の国指定民俗文化財が「山・鉾・屋台行事」として、
ユネスコ無形文化遺産の代表一覧表へ記載されることが決定した。
いずれも大規模な都市祭礼であり、推定十万人以上の人々が直接関与する。
さらに国内には、この33件以外にも、
推定1300件を超える山・鉾・屋台が登場する祭礼がある。
それらの多くは、地域における結衆の表象、文化財としての保存の対象、
地域産業の見本市であり、地域権力が投影される対象でもある。
民俗学の古典的研究とも通じ、かつ現代的な研究意義も濃厚に有する
山・鉾・屋台行事を素材に、意味論的地平と政治論的地平で分析し、
民俗学が持つ有為性をどのように描き出せるか試みたい。

第299回

日 時 2017年7月6日(木)
会 場 ウィングス京都

発表者 芳井敬郎氏(京都民俗学会会長)

論 題 都市民の民俗動向と心意ー悪所への視点からー
                 
要 旨
都市における芝居や遊廓を指して悪所といわれてきた。
両者の内、後者は売春防止法施行により消滅したが、
それに類する施設は現在でも歴然と存在し、都市社会に存在感を見せている。
そのことは農村社会とは一線を画するものと捉えられてきた。
それは都市で生み出された独特の情景を持つためである。
しかし、遊廓利用の第一義は主に男女が感情を高揚させ、性の関係を持つことにあるが、
農村にも伝統的にその機会は設けられていた。
農村と異なるのは常時、設けられていたことである。
そこで都市民の要求を満たす遊廓のシステムを詳細に論及すれば、
都市民俗の構造と本質を明らかにすることが出来るのではないだろうか。

第298回

日 時 2017年5月26日(金)
場 所 ウィングス京都

発表者 金 セッピョル 氏(国立民族学博物館 外来研究員)

論 題 新しい葬送儀礼における反商業主義を考える:自然葬を中心に

要 旨
本発表は、反商業主義の下、非営利法人「葬送の自由をすすめる会」
(以下、「すすめる会」)が提唱した自然葬が
いかに構成されてきたかを明らかにするものである。
1991年に発足した「すすめる会」は、既存の葬送儀礼のあり方に対抗する理念として
「死後の自己決定権」を掲げ、その結晶として「自然葬」、つまり海、山などに
粉末化した焼骨を撒く葬法とそれに付随する儀礼を実施・推進してきた。
彼らは「死後の自己決定権」の一環として個人の意思を疎外させる商業主義を批判しており、
それは散骨を行う葬儀業者と自らを区別しようとする試みとして現れている。
このように反商業主義を掲げる自然葬および1990年以降に登場した新しい葬送儀礼は、
商業的な葬儀産業とは区別され、研究上においても別途で議論されてきた。
しかし反商業主義は産業化に対するアンチテーゼであると同時に、
それを裏返すと産業化の一環として捉えることもできる。
本発表では新しい葬送儀礼における反商業主義を相対化し、
葬儀産業研究との接点を探りたい。

第297回

日 時 2017年4月28日(金)
場 所 ウィングス京都

発表者 河原典史氏(立命館大学文学部教授)

論 題 研究成果を還元する
    ―『東宮殿下御渡欧記念・邦人児童写真帖』の復刻から考える―

要 旨
1921(大正10)年、当時の東宮殿下(後の昭和天皇)の渡欧を記念して
同年5月にカナダ・バンクーバーで、
『金田之栄−東宮殿下御渡欧記念・邦人児童写真帖−』(以下、『写真帖』)が
発行された。日本への訪問団の設立に合わせて、この写真帖の発刊が計画された。
日本語新聞『大陸日報』誌上に購入と撮影の予約が掲載され、
各地への出張撮影が行われた。
渋沢栄一、添田寿一や阪谷芳郎の題辞・序文を収めた『写真帖』は、
皇太子殿下の御渡欧を機にカナダ日本人移民の今後の発展を期待する企画だった。

『写真帖』の復刻では、解題だけでなく、収められた259家族・545人について
氏名・父親の名前・出身地などのデータベースを添えた。
それは、検索がしやすいように50音順に並び替えた。
さらに、カナダ日本人移民の子孫をはじめ、日本語の読解が困難な人にも
活用できるよう英語でもデータベースを作成し、アルファベット順に並べた。
これによって、日本人をルーツに持つカナダ人に
ファミリー・ヒストリーを描く一助となる。
つまり、研究成果を還元するのだけではなく、
資料の復刻によって歴史は直接的に還元されるのである。

第296回談話会(第4回修士論文報告会)

日 時  2017年3月25日(土)11:00-16:50
会 場  京都市職員会館かもがわ

第1報告 水野孝哉氏(佛教大学大学院文学研究科)
     「「中世王権神話」としての『玉藻前物語』―文明二年本を中心として―」
「玉藻前」という物語がある。これは、南北朝時代より江戸時代前期頃にわたって作られ続けてきた物語群とされる、
「室町物語」に属するものである。この物語では、狐の変化した美女である玉藻前を軸にして、
彼女による「王位」の危機と、これを退治する陰陽師と武士の活躍が語られる。

本稿では、この物語における狐の霊威、陰陽師・武士の活躍、王位についての記述が、
室町期の時代状況の中でどのような意味をもち、何を語っているのかに注目し、
文明二年(1470)書写の奥書をもつ赤木文庫本『玉藻前物語』を、王位が永続していくことを保証する
新たな起源を語っている「中世王権神話」として読み解いていく。
その分析の結果、中世王権神話としての『玉藻前物語』の特徴は、仏教の力や狐の霊威と合わせて、
陰陽師と武士の力によって王位が支えられているということを強調して示すという点にあることが明らかとなった。
陰陽師や武士の興隆という室町期の現実の姿について、その起源を『玉藻前物語』が神話的に語っているということ、
またこれこそが室町期の特徴であると説いているということが、ここから読み取れるのであった。

『玉藻前物語』に限らず、このような立場で物語を分析することは、眼前の現実を説明するための起源を、
その物語がどのように語っているのかについて読み解くということである。
そうした神話としての語りを捉えていくことで、当時の現実において何が重要であると意識され、
強調されているのかということが明らかにできる。中世王権神話から見えてくる歴史性の問題が、
ここから問われるようになるのである。
本稿は、中世王権神話として『玉藻前物語』を読み解くことで、
「玉藻前」研究や神話研究のもつ更なる可能性の一端を明らかにしたものである。


第2報告 小林孝夫氏(佛教大学大学院文学研究科)
     「祇園祭における休み山の復興」
毎年7月に京都市で行われる祇園祭は日本を代表する都市祭礼であり、
中でも17日と24日には合わせて33基の山鉾の巡行が行われ、広く知られた行事となっている。

この33基の山鉾はいずれも戦国時代以前からの長い歴史を持っているが、
そのすべてが現在まで継続して巡行を行ってきたわけではない。
このうちの5基は幕末の元治大火で山鉾を失ったことなどにより巡行を休み、
第二次世界大戦後に至っても巡行を再開できない「休み山」の状況が続いていた。
この5基の山鉾(菊水鉾・綾傘鉾・蟷螂山・四条傘鉾・大船鉾)は1950年代から2014年までの間に山鉾を再建し、
ほぼ1世紀ぶりの復興を遂げた。また現在も2基の休み山(鷹山・布袋山)があり、
鷹山は近く再建され34基目の山鉾として巡行に復活する見通しである。

修士論文ではこれらの休み山の復興に大きく影響した要因を明らかにすることを目的とし、
まだ先行研究の見あたらない大船鉾と鷹山も加えた6基の山鉾を対象に、
各々の復興プロセスを共通の項目や指標を用いて検証し、特色や共通点、抱える課題などの抽出を行った。

この結果、昭和後期の休み山復興への京都市の観光行政の関与、大船鉾復興と後祭復活構想との関連、
早期に囃子を復活させることの重要性、が明らかとなり、これらを中心に考察を行った。
また検証過程で浮かび上がった、6つの町内間での祭を支える体制の著しい格差から、
居住地にこだわらない人材確保が必要であることを提言した。

今回はこの修士論文に沿って、休み山の復興プロセス、および影響した要因を中心に、発表を行う。


第3報告 三隅貴史氏(関西学院大学社会学研究科)
     「神輿会にみる祭礼の「美学」―東京・京都の事例から―」
本発表では、現代の祭礼において、一つの「美学」が共有・実践されることによって、
複数の祭礼における表現文化と祭礼に関わる人びとの価値観が共通化する現象を指す
「祭礼の共通化」現象が進行していることを論じるものである。
そのためにまず、東京圏の「神輿会」を事例として、東京圏で進行している「祭礼の共通化」現象について報告し、
その上で、近年神輿会の発展が著しい京都圏においても、「祭礼の共通化」現象が見られることについて言及したい。

東京圏の祭礼において共通化するに至った「江戸前」の美学とは、「自分達が楽しむための美学」、
「地域/神を楽しませるための美学」の二つの要素から構成されるものである。
これは、1960年代後半の三社祭における「鳶のスタイルや価値観」を神輿会の成員が「発見」し、
模倣したことによって原型が生まれた。そして、1970年代の神輿会の拡大によって定着し、
洗練されることで現在の姿になった。また、これらの「江戸前」の美学が、神輿会によって周辺地域で実践されることで、
周辺地域の祭礼には、運営技術の熟達・相互学習の進行、青年部の「神輿会化」、
神輿会に対する対抗という3点の変化がもたらされた。

これまでの都市祭礼研究においては、一つの祭礼に注目してきたため、
複数の祭礼による影響の与え合いに関しては、主要な研究対象となってこなかった。
しかし、「祭礼の共通化」を前提とした上で都市祭礼の研究を行なうことも、
現代の都市祭礼の変化を扱う上では重要だろう。


第4報告 吉村綾子氏(佛教大学大学院通信教育課程文学研究科)
     「近世大名家における誕生と育児―『加藤家文書』を通して―」
本稿は、大名石川家における子どもの誕生と育児について検討している。
近世における子どもの誕生と成育に関する研究は進められてはいるが、
共通するのは、史料が比較的豊富な上級武家について明らかにされている点である。
石川家は六万石を所領とする譜代中小大名で上級武家には及ばないが、
家臣であった加藤家に一万点以上の史料(加藤家文書)が伝わっており、多数の近世文書が残されている。

本稿では、加藤家文書の中でも寛保三年と延享四年に記された二冊の『御内証御用案文帳』を中心に用いている。
この史料は、石川家が備中国松山城から伊勢国亀山城へと転封する時期と重なっており、
それぞれの国元における城の御部屋に住む妾や、そこで生まれた子どもたちの様子を中心に、
また御部屋で勤める女中などについて書かれている。
つまり城内の中でも、いわゆる私邸での日々の出来事が書き綴られている。

二冊の案文帳とその他の史料を丹念に読み解くことにより、
これまで解明されていなかった大名石川家における子どもの誕生と育児について明らかにしている。
論文では、三章にわたって石川家や史料の概要、城内の御部屋における出産や育児、
そして出産や病に対する医師や祈祷のかかわりを論じているが、報
告では特に第二章でとりあげた取揚祖母や腰抱といった助産をする人々、
乳付や乳持といった育児に関する人々について中心に述べたい。

第295回談話会(第8回卒業論文報告会)

日 時  2017年2月26日(日)
会 場  立命館大学衣笠キャンパス 清心館2階525号教室
        
第1報告
橋本佳奈氏(立命館大学文学部)
「太平洋戦争以前のバンクーバーにおける日本人移民の医療活動ー医師と助産婦を中心にしてー」

第2報告
千葉 唯氏(佛教大学歴史学部)
「ザシキワラシ伝承の伝播と変容」

第3報告
土井隆志氏(滋賀県立大学人間文化学部)
「虫送り行事の変容―滋賀県蒲生郡竜王町の虫送り行事を中心に―」

第4報告
中村優花氏(関西学院大学社会学部)
「都市修験の民俗誌―名古屋市・倶利加羅不動寺の事例―」

第5報告
大川内麟太郎氏(ものつくり大学技能工芸学部)
「ローカルヒーローのマスクにみる技術進化」

第6報告
蓮田佳菜絵氏(関西学院大学社会学部)
「蔵の民俗誌―大阪市鶴見区旧古宮村の事例―」

第7報告
分部敬多氏(滋賀県立大学人間文化学部)
「愛宕山をとりまく地域の信仰と生活」

第8報告
大上将汰氏(佛教大学歴史学部)
「鮭と人の関わりをめぐる民俗研究」

第294回

日 時 2017年1月20日(金)
場 所 ウィングス京都セミナーB

発表者 ハイエク マティアス(Matthias HAYEK)氏
    (パリ・ディドロ大学准教授・国際日本文化研究センター外国人研究員、
     知識社会学、信仰社会学、近世日本文化史)

論 題 百鬼夜行と百科思想:フランスの妖怪文化の一側面を考える

要 旨
怪異現象やその発生の原因と想定される存在、
そしてその存在の表象(造形)を 総括する学術用語として作あげられた「妖怪」は、
日本文化の一つの特徴を指す 言葉として広く認識されるようになった。
しかし私はむしろ、この「妖怪概念」 を、「マナ」や「シャーマン」のように、
人間社会の普遍的な概念にして、世界 の妖怪文化を発掘することこそ、
重大な課題であると考えている。

『百科全書』などの、近世フランスの啓蒙書や辞書には、
「怪物」や「幻獣」と いう驚異的な「生物」とも、
中世の騎士文学に登場する「フェー」とも違う、 「リュタン」という語が見える。
この語は、個別の形態を持ち、特定の地域にしか現れないものを指すのではなく、
夜な夜な人を驚かし悪さをする、愚民が迷信する「死霊」の類を指す総称として使用される。

本発表では、この「リュタン」の一種である、南仏に伝承が多く、
「水」と深い関係を持っているという「ドラク」をはじめ、
フランス近世以降の「妖怪」伝承に注目し、それらから見えてくる「妖怪」と「異人」、
「死者」、「聖人」の構造的・機能的関係を探ってみたい。
2017年 2016年 2015年 2014年 2013年 2012年 2011年 2010年 2009年 2008年 2007年 2006年 2005年 2004年 2003年 2002年 2001年 2000年 1999年 1998年 1997年 1996年 1995年 1994年 1993年 1992年 1991年 1990年 1989年 1988年 1987年 1986年 1985年 1984年 1983年 1982年
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