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談話会・年次大会の記録

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【中止】第324回談話会(第11回卒業論文報告会)

第324回談話会(第11回卒業論文報告会)は
昨今の新型コロナウィルス感染症の国内における発生の現状に鑑み、
やむなく中止いたしました。


日 時 2020年3月14日(土)10:50−17:45

会 場 佛教大学紫野キャンパス1号館

共 催  日本民俗学会
        
タイムテーブル
10:50−11:00 開会

11:00−11:35 第1報告 河野宗樹氏(佛教大学歴史学部)
        「ネットロアをめぐる民俗学研究 差別をテーマとした話を中心に」

11:40−12:15 第2報告 橋澤菜摘氏(佛教大学歴史学部)
        「桃太郎と瓜子姫—誕生・成長・性別の違いを巡って—」

12:15−13:20 休憩

13:20−13:55 第3報告 相田美玖良氏(佛教大学歴史学部)
        「京都の六斎念仏における死者供養 —空也堂と焼香式—」

14:00−14:35 第4報告 山田七帆氏(滋賀県立大学人間文化学部)
        「おこないの「改革」と継承」

14:40−15:15 第5報告 原 知里氏(滋賀県立大学人間文化学部)
        「滋賀県のインキョ慣行とその変化」

15:15−15:25 休憩

15:30−16:05 第6報告 山田菜摘氏(関西学院大学社会学部)
        「生きている平家伝承—愛媛県八幡浜市磯岡の事例—」

16:10−16:45 第7報告 辻 涼香氏(関西学院大学社会学部)
        「「物忌」のゆくえ―伊豆諸島における来訪神伝承の消長―」

16:50−17:25 第8報告 加藤智寛氏(ものつくり大学技能工芸学部)
        「遊技設備が24時間稼働する店舗実態の考察」

17:25−17:40 講評
17:40−17:45 終了
18:00−20:00 懇親会 

報告要旨
第1報告 河野宗樹氏(佛教大学歴史学部)
「ネットロアをめぐる民俗学研究 差別をテーマとした話を中心に」
1995年以降、インターネットは私たちの生活の中で身近なものとなり、
かつて口承で広まってきた民話、伝承、逸話などが
様々な媒体を通して拡散されるようになった。
特に、インターネットの掲示板を中心に語られる怪談や都市伝説は、
従来の都市伝説などとは違った特徴が存在している。
本論文では、大手掲示板である2ちゃんねる内で投稿された怪談形態の特徴の変遷や、
そこに存在する無数の話の中で差別を題材として物が何を背景にしているのか、
なぜ話題になったのかを言及するのが目的である。

第2報告 橋澤菜摘氏(佛教大学歴史学部)
「桃太郎と瓜子姫―誕生・成長・性別の違いを巡って―」
植物から誕生したという共通点がある「桃太郎」と「瓜子姫」。
誕生は似ているが結末がハッピーエンドとバッドエンドで大きな違いがある二つの話を
三つの観点から比較をしていく。
一章ではなぜ桃や瓜から二人は生まれなくてはいけなかったのか考察していく。
二章では二人のように小さな姿で生まれた「小さ子譚」も
主人公に込められた意味に注目する。
三章では性別の違いについて論じていく。
結末の違いには二人の性別が大きく関わっていると考えられる。
三つの観点は全く別のものとして考えていた。
しかし桃から生まれた桃太郎は鬼退治に行くことが必然であり、
瓜子姫が天邪鬼に殺されてしまうのも決まっていた。
主人公が生まれる植物は主人公の性別や
その後主人公がどのような結末を辿ることになるのかに大きく関わる。

第3報告 相田美玖良氏(佛教大学歴史学部)
「京都の六斎念仏における死者供養 —空也堂と焼香式—」
京都の六斎念仏が死者供養を行うことに注目し、
その事例として天皇・皇后の崩御時に行われた焼香式を取り上げる。
六斎講中を支配していた空也堂は、焼香太鼓という特別な道具の使用を許した上で
六斎講中を焼香式に供奉させた。
焼香式は空也堂の伝える六斎念仏発祥譚とも関わる人物である
空也の伝説に基づいた儀式だが、先行研究においてその全体像は明らかにされていなかった。
そこで空也堂が所蔵する絵巻などの史料から、
焼香式での空也堂住持や六斎講中をはじめとする参列者の様子を描き出した上で、
開催日や開催場所について考察する。
加えて焼香式行列が絵巻として描き残されていることに着目し、
行列の由来や参列者の役割、描かれた意味を解き明かす。
さらに六斎講中への焼香太鼓に関する聞き取り調査の結果や
近現代における空也堂での六斎念仏奉納の諸相から、
焼香式が京都の六斎念仏のあり方に与えた影響を検討する。

第4報告 山田七帆氏(滋賀県立大学人間文化学部)
「おこないの「改革」と継承」
おこないは五穀豊穣や村内安全を祈願して行われる年頭行事のことである。
特に滋賀県の湖北地域・甲賀地域で行われており、
おこないを“花の頭”“神事”と呼ぶ地域もある。
おこないは、日程の省略などをはじめとした
簡素化・省略化などの改革によって継承がされている。
おこないの改革は時代に合わせておこないを実施しやすく変化させるために行われており、
社会や生活の変化に影響を受けている。
しかし、改革によりおこないを5年に1度のみの開催にするなど、
継承が難しくなっている地域もみられる。
本研究では、おこないの保存が活発に行われている、
滋賀県長浜市高月町東阿閉をフィールドとし、おこないの現状と改革について分析した。
また、アンケートの分析を通して住民のおこないへの意識を明らかにしていく。
これらの分析により、おこないがどのように継承されてきたのか、
今後どのように継承されていくのかについて明らかにすることを目的としている。

第5報告 原 知里氏(滋賀県立大学人間文化学部)
「滋賀県のインキョ慣行とその変化」
インキョ慣行とは、イエの繁栄や永続を目的として、
家督権や財産を次の世代へ相続することである。
インキョを行う時期は、長男の結婚や親の老齢を機とするなど、
各地で様々であり、インキョしたあと、2世代での居住形態は、
同居や別棟で分けることが代表事例となる。
しかし、これまでの研究では、地域の特殊例や
一部の事例を取り上げられているものが多く、
調査時点の慣行の静的な報告が目立っている。
慣行の地域性を明らかにするためには、集落を全体的に見て、
規模や時代的背景などの要因を吟味し、慣行の変化を動的に見る必要性を感じた。
本研究では、滋賀県をフィールドに、主要調査地を4集落に選定し、
慣行の地域的差異について比較・検討していく。
また、インキョ慣行の現況と、現在に至るまでの動きに焦点を置き、
時代的変遷についてもアプローチを試みた。

第6報告 山田菜摘氏(関西学院大学社会学部)
「生きている平家伝承—愛媛県八幡浜市磯岡の事例—」
愛媛県八幡浜市周辺には、平家伝承がいくつか存在している。
磯岡地区もそのような伝承地の一つであり、
屋島の戦いで落ち延びた武士の一人と伝わる平能忠の墓や
平能忠が作善したとされる仏像が残っている。
そして古くからそこに住む小野一族が、能忠の子孫として独自の伝承を形成している。
この伝承は、地域の歴史と絡み合いながら、一族と平家のつながりを説明しており、
一族の歴史(ファミリーヒストリー)とも言える。
しかしながら一族の歴史にまつわる文献が残っている訳ではない。
すべて口頭や経験によって受け継がれているものである。
そのため、本家、分家等の立場の違いによって認識が異なっている。
本論文では、@なぜ、現在も多様な伝承が生まれ、語られ続けているのか、
Aなぜ、本家、分家等の立場の違いで、認識が異なるのか、2点について考察した。

第7報告 辻 涼香氏(関西学院大学社会学部)
「「物忌」のゆくえ―伊豆諸島における来訪神伝承の消長―」
伊豆諸島では、1月24日の晩に来訪者が訪れるため、
その日の夜は家に籠り、決して海を見ないようにする「物忌」を行なっている。
来訪者の正体に関する伝承にはさまざまなものがあり、
「神」、「島民に殺された悪代官の怨霊」、「悪代官を倒した島民の霊」などとして語られている。
伊豆諸島の物忌、来訪者伝承の研究は数多く蓄積されてきた。
中でも、山口貞夫(1944)は、人びとの神への信仰が「低下」した結果、
「神」が「怨霊」や「亡霊」になったとする見解を提出している。
この見解は、単系的な「神の零落」論というべきものだが、
しかし、本論文では、神津島、伊豆大島での現地調査にもとづき、
神か妖怪かの違いは、信仰する立場(中心か周辺か外部か)の違いに起因し、
かつ、そのうちの中心的立場(神として信仰)の空洞化により
周辺部(妖怪として信仰)だけが残されることで妖怪の前景化が起こったこと、
近年では、既存の伝承圏の外側にあるメディアの世界(「外部」)において
伝承の再生産が行なわれていること、などを指摘した。

第8報告 澤加藤智寛氏(ものつくり大学技能工芸学部)
「遊技設備が24時間稼働する店舗実態の考察」
本研究は、埼玉・群馬県でゲーム機筐体を設置する3店舗のドライブインが、
深夜零時を過ぎてもゲーム機を稼働させ営業する実態を調査し、その原因を調査した。
現地取材から、時間帯によるゲーム機稼働状況の変化、風俗営業取得の有無など、
それぞれ三者三様であることが分かった。
たとえば稼働台数の変化、店舗内の営業区画の変化などである。
またインタビューからは、風営法・風適法との関係、
特に風適法にある「10%ルール」が重要であることが分かった。
この「10%ルール」を巧妙に運用することで、
深夜零時以降もゲーム機を稼働させることが可能となっている。

第323回

日 時 2020年2月21日(金)18:30−21:00

会 場 ウィングス京都2階ビデオシアター

発表者 和田光生氏(大津市歴史博物館)

論 題 近世日吉山王祭の検討

要 旨
日吉山王祭は、景山春樹の神体山論のベースになった祭礼である。
祭礼は、3月第一日曜日、日吉大社背後の八王子山上にある二社(牛尾神社・三宮神社)に
二基の神輿が上げられる御輿上げからはじまり、
4月12日、二基の神輿が山を下り東本宮におさまる午神事、
13日には東本宮系の四基の神輿を大政所に移し、
御供の奉納や簡単な芸能が奉納される未神事、
そして14日は神輿渡御・船渡御が行われる申神事が主要な行事となる。
景山は、一連の神事から、八王子山の山上にある磐座(金大岩)に神が降臨し、
二基の神輿によって里に下り、未日にミアレ神事で若宮が誕生するという図式を描き、
古代の祭祀形態が継承されている典型と位置づけた。
もちろん現行習俗から古代を検討することには慎重であるべきとの指摘も
あわせて行っている。
彼が日吉社の最も古い資料として位置づけていた「日吉社禰宜口伝抄」が、
江戸時代末期に作成された文書と実証されたことから、
景山の理解は再検討されるべき段階に至っている。
ただ、よく知られているように、日吉社は慶応4年、
最初に激しい神仏分離が行われた社である。
もともと延暦寺と一体となった神仏習合の社であり、
祭礼にも延暦寺が関与していたものが、近代、大きな変貌を遂げている。
ここでは、神仏分離以前、つまり近世の山王祭を整理し、
そこからどういった問題が浮かび上がってくるのかを検討したいと思っている。
山王祭の近世の実態は、資料が豊富に残されながら、
今まで全く検討されてこなかった問題であり、
その基礎作業を現在継続しているところで、その一端の報告となる。

第322回

日 時 2020年1月24日(金)18:30−21:00

会 場 ウィングス京都2階セミナー室B

発表者 エマニュエル・マレス氏(京都産業大学文化学部准教授)

論 題 縁側の近代化―夏目漱石の作品を通して―

要 旨
「縁側」は日本独自の建築や文化をあらわす空間としてよく取り上げられる。
「うち」でも「そと」でもない、曖昧な空間、過程的空間、仲介的空間、
緩衝空間などなどと、様々な表現を使って分析される。
たしかに、縁側は内と外をつないでいるのと同じように、
人と人、自然と文化をつないでいる。
そういう風に考えてみると、縁側という例を引いて、
日本文化論が語られてもまったくおかしくない。
しかし、現在は縁側のある家がほとんど残っていない、というのも現実である。
この発表では、夏目漱石の作品を通して縁側の近代化について考えることにする。
近代というのは、縁側が最も盛んであった時代、
そして縁側が消滅する直前の時代でもある。
その近代を代表する小説家、夏目漱石のエッセイや小説などを通して、
縁側が20世紀初頭にどのように変わったのか、その構造と使い方の変遷を紹介する。
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