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第328回談話会のお知らせ


コロナ禍の中、会員の皆様におかれましては日々御奮闘の事と拝察致します。
さて京都民俗学会では、2019年度に民俗学関係の修士論文を提出された大学院生の方々に
その成果を発表していただく修士論文報告会を開催いたします。
この企画は年度当初に開催をする予定でしたが、
新型コロナウイルス感染症拡大への対応から実施を見送ったもので、
今回改めてオンラインで実施させていただきます。
予定から数ヶ月が経ち年度当初にエントリーをいただいた大学院生の中には
諸般の事情から参加いただけない方もおられます。
ご希望を叶えられませんでした事を深くおわび申し上げます。
それでも今回は4名の方にご報告をいただきます。
斬新な研究成果の発表ですのでぜひともご参加下さい。
なお、今回の修士論文報告会は日本民俗学会との共同開催となります。


日時 2020年11月29日(日)13:25-16:30

開催方法 オンライン形式(zoom)

タイムテーブル
13:25-13:30	趣旨説明
13:30-14:10	第1報告 渡 勇輝氏(佛教大学)
		「柳田国男と近代神道史〜「神道私見論争」と大正期の神道言説〜」

14:10-14:50	第2報告 舟木宏直氏(佛教大学)
		「二十日灸の民俗学的研究」

14:50-15:00	休憩

15:00-15:40	第3報告 大黒久美子氏(高知県立大学)
		「婚姻における若衆の役割と村落構造との関連についての研究
		 ―高知県宿毛市山奈町と高知県室戸市佐喜浜町を事例として―」

15:40-16:20	第4報告 石丸輔久氏(佛教大学)
		「神仏分離令と牛頭天王」

16:20-16:30	講評

報告要旨
第1報告 渡 勇輝氏(佛教大学)
「柳田国男と近代神道史〜「神道私見論争」と大正期の神道言説〜」
本報告は、柳田国男の「神道私見」の表明を明治期からの神道史のなかに位置づけ、
柳田の民間信仰研究の関心が、「国民生活」の解明が喫緊の課題とされるようになった
大正期の歴史的産物であったこと、また国民道徳論と密接に結びついていく
「神道」言説との緊張関係のなかから展開してきたことを明らかにする。
大正7年(1918)、当時貴族院書記官長であった柳田国男(1875-1962)は、
丁酉倫理会において「神道私見」なる論考を発表し、
その内容をめぐって当時国学院講師兼神職であった河野省三(1882-1963)と論争に発展した。
この論争については、先行研究で双方の見解が比較され、
柳田の言説が後の「柳田民俗学」と連続性をもつかどうか、
また柳田が「国家神道」批判にあたるかどうかという議論がなされてきた。
しかし近年の大正期研究の進展を踏まえれば、
この論争は国家神道対非国家神道という二項対立構造ではなく、
大正期における「国民」再編構想の相違として見ていく必要がある。
また、世紀転換期の宗教概念の変化についても問題提起がなされ、
かつ「民俗」や「神道」という概念そのものも明治後期から大正期にかけて
新たな展開をみせていることが明らかになるにあたって、
本論争は大正期固有の課題を担った、
「国民」理解の方途の衝突としての射程が得られるようになった。
とくに本報告では、柳田がこの時期になぜ
「神道」を主題にする必要があったのかという点に問題を設定し、
柳田と河野の両者が描く「神道」が、
「国民生活」の浅深そのものを問題としたことに注目する。
「神道」は明治10年代以来、公的には宗教的神道(「教派神道」)を
示す言葉とされており、政府は非宗教的神道を「神社」と公称していた。
しかし、対外戦争による戦勝祈願祭の展開によって、
明治後期に「神道」の再解釈が起こり、
「神道」は「国民思想」を体現するものとして認識されていくようになる。
神職である河野のみならず、柳田も「神道」を「国民生活」の問題として
取り上げていく背景には、このような「神道」言説の変遷が関わっており、
本報告ではこれを当時の神職系雑誌を参照することで
同時代的な問題を確認する。
こうした思想的土壌において「神道」の内容で対立した両者は、
異なる「国民」像を提示していく。
柳田がかたちづくっていく「民俗学」が、
いかなる言説と対峙しながら展開してきたのかを、同時代状況のなかから検討したい。


第2報告 舟木宏直氏(佛教大学)
「二十日灸の民俗学的研究」
これまで、灸の年中行事といえば2月2日と8月2日に行う
二日灸が中心に取り上げられてきた。
一方、灸の行事は1月20日にも認められるが、二日灸と混同され、
研究の主題に取り上げられてこなかった。
そこで、本研究は、1月20日に行われる二十日灸に関する調査・分析を行うこととした。
山形県新庄市、酒田市、最上郡最上町、西村山郡西川町の4市町村における
フィールドワークおよび文献資料中に認められる1月20日の灸の行事の記録から、
行事の呼称、分布、事例を集積した。
その結果、呼称として、日付に由来する「はつかキュウ」「エイト正月」、
灸をすえる行為に由来する「キュウタテビ」「キュウタテ」、
施灸時の介在物に由来する「カガチ灸」「皿キュウ」、などが認められた。
本研究では、二十日灸に統一して記載することとした。
また、行事は、東北地方、北関東地方、新潟県、島根県、鹿児島県奄美諸島に
広く分布していることが確認された。
方法は、皿やすり鉢を用いて行う地域が多く認められた。
また、施灸時に唱えごと唱え、家屋に対しても施灸を行うことが確認された。
1月20日は正月の終わりに位置し、新旧の年という時間的境界性を有する。
この時期は、小正月を中心に訪問者(神)が訪れる時期に位置している。
一方、二十日灸の方法を確認すると、
囲炉裏や戸口の敷居といった家屋に施灸する行為が認められる。
囲炉裏や戸口は家屋空間の境界に位置し、
疫神が家屋内に侵入する経路の1つである。
また、二十日灸に用いる艾作成のための蓬の採取は、
端午の節句に行われていた。
この日に採取された蓬は、陽気が強く、呪力の高い蓬である。
このことから、二十日灸は、端午の節句に採取された
呪力の高い蓬を燃焼させることで、時間的・空間的境界を通じて訪れる
悪神(疫神)の侵入を防衛する行為であると考えられた。
二十日灸の際の身体への施灸は、直接すえるのではなく
皿やすり鉢を介在物に用い、それらを頭上に頂き、
身体を煙で燻すことが主目的とされていた。
頭にものを冠する行為は、鍋被り葬などに認められる。
鍋被り葬は、ハンセン病や梅毒による死者に対して
病を断つことを目的として行われていた。
一方、朝鮮半島の鬼神信仰の疫鬼の調伏法や
我が国の瘧の治療の俗信に焙烙を用いた灸法が認められる。
このことから、二十日灸は、時間的・空間的境界から出入りする悪神、
特に疫病神に対する防衛・調伏行為であると考えられた。


第3報告 大黒久美子氏(高知県立大学)
「婚姻における若衆の役割と村落構造との関連についての研究
―高知県宿毛市山奈町と高知県室戸市佐喜浜町を事例として―」
本研究は、若衆が個人の婚姻に関与するか否に村落構造や
若衆の役割また権限の差異がどのような影響を与えているのかを
明らかにすることを目的とした。
高知県内の2つの地域の事例を分析考察した結果、
村内における若衆の最も重要な役割が権限にも強い関わりをみせ、
若衆の権限と家意識の強弱に相関性があることがわかり、
それらによって若衆が婚姻に関与するか否かが明確になることを立証した。
平地の農村で農業を生業とする宿毛市山奈町では、泊り屋は現存するが、
若衆組としての加入や制裁などは緩やかであった。
警防を最も重要な役割とした若衆は、村内の家意識の強さから
権限は与えられず、婚姻に関与できない。
さらに、恋愛から結婚へと進展させたい感情を抑え親が決めた相手と結婚する場合が多く、
村内の家意識の強さや家父長権が婚姻に影響を与えていた。
よって、家を継ぐ意の 「養子婚」事例が多い地域となった。
この地域の「養子婚」率29%は、通説である「嫁入婚」に反証する事例であり、新知見であった。
一方、海村の街であり半商半漁を生業とする室戸市佐喜浜町では、
祭りの伝承を最たる役割とする臨時的な若衆宿が栄え、加入や制裁は厳格であった。
若衆は、加入により得られる権利があることに加え、
祭りを伝承する過程で村内における権限を強くしていった。
よって、村内では家意識より若衆の権限が勝り、若衆は婚姻にも関与する。
さらに権限の強さは、村内に自由に恋愛結婚ができる土壌をもたらし、
のちの青年らの自由恋愛に対する意識の解放が早まるという影響を与えた。
ゆえに村内は、配偶者選択の自由のある「自由婚」が成立する地域となった。
先行研究は、若衆が発達する年齢階梯制村落は「相手選びに自主性がある」と述べているが、
配偶者選択の自由があるか否かにまで踏み込んだ実態を明らかにしていない。
そこで、配偶者選択の自由がある婚姻を「自由婚」と定義した上で調査分析し、
この地域が「自由婚」に該当する要因を、
祭りの伝承によって権限を強くした若衆が早熟であったことが影響を与え、
村内に自由恋愛から結婚に進展することを認める風土が形成された、とした。
若衆組が生業と直結していない地域で、若衆が強い権限を持ち
婚姻に関与できることを明らかにしたことは、新知見であった。
宿毛市山奈町の「養子婚」の多さと、
室戸市佐喜浜町が「自由婚」に該当する要因は、
地域独自性であるといえるだろう。


第4報告 石丸輔久氏(佛教大学)
「神仏分離令と牛頭天王」
本論文は、慶応4年(明治元年:1868)に公布された神仏分離令を、
そこで名指しにされた牛頭天王の検討を通して、
宗教史・思想史の文脈に位置付けたものである。
慶応4年(1868)3月、神仏分離令の一環として公布された「神祇事務局達」は、
牛頭天王を始めとする神号の変更を求めた。
そこで、なぜ牛頭天王が名指しにされたのかを検討した。
この頃の明治維新政府で神祇行政を担った神祇事務局では、
津和野藩出身の国学者である福羽美静らが中心を担い、
「神祇事務局達」を起草していた。福羽美静は法令の原案の段階や、
慶応3年(1867)の津和野藩での寺社整理の際の法令でも
牛頭天王や祇園の社号の変更を明記しており、
ここから、前近代に遡及して国学者達の牛頭天王に対する認識を確認した。
国学者達が問題視していたのは、牛頭天王がスサノオと習合し、
それらが同一のものと民衆の間で認識されていたことであった。
また牛頭天王は疫神としてみなされ、薬師如来の垂迹でもあるとされ、
衆生の病を癒すといった信仰を集めていた。
次第に、こうして牛頭天王は疫神として全国各地に広まっていく。
そして、牛頭天王のこうした習合状態を問題視する国学者たちの認識は、
在野の巫覡や民間の宗教者による病気平癒の祈祷や吉凶の卜占、卜筮
あるいは呪詛・呪術を、淫祀邪教として取り締まる動きと結びついていく。
その後、幕末、維新期を経て、その国学者たちやその思想は、
明治新政府における神祇行政を担った神祇事務局でもイニシアチブを握っていく。
「神祇事務局達」を起草した津和野藩の福羽美静らは、
法令を速やかに回達しており、それはまさしく、
この「神祇事務局達」に始まる神仏分離令によって、
近世の宗教秩序を解体させる意図があったからである。
つまり、神仏分離令は、民衆がいたずらに牛頭天王を
スサノオや薬師如来との同一視、在野の巫覡や民間の宗教者による呪術や卜筮、
迷信の類が蔓延していた状況を一新させるためのもの、
すなわち近世の宗教秩序を解体させるためのものと位置付けられる。
また、福羽美静らと政局上対立関係にあった、平田門人の矢野玄道らも、
この時点では神仏分離令を巡っては同様の認識を共有していた。
さらに、福羽美静は近世の宗教秩序を解体させたうえで、
新たな神道概念の創出を企図していた。
神祇祭祀を最優先事項として、淫祠邪教などの旧弊から脱すること、
こうした宗教秩序を解体した後に、天皇の神祇祭祀を中心に据える、
すなわち明治憲法に即応する、儀礼を中心とする非宗教の「神道」である。
つまり、神仏分離令とは、近世の宗教秩序の解体と、
新たな神道概念の創出を企図したものと、ここでは位置付けられる。


参加方法
参加希望者は、11月20日(金)までにWEBフォームからお申し込み下さい。
後日IDとパスワードをお送りします。
・参加者は原則として京都民俗学会会員のみとします。
・オンラインアプリはZOOMを使用します。なお参加希望者へのアプリ使用についてのサポートは行いません。

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年次大会情報

第39回年次研究大会のお知らせ


日 時 2020年12月12日(土)13:25-17:00

方 法 オンライン形式
         参加希望者は12月9日(水)までに申し込みフォームから申請

プログラム
13:25-13:30	開 会
13:30-14:00	第1報告 星 優也氏「「いけばな「依代」起源説について
				ー戦後における民俗学と華道の一考察としてー」
14:00-14:30	第2報告 荒木真歩氏「島の芸能をめぐる「期待」
				ー鹿児島県硫黄島の八朔太鼓踊りを事例にー」
14:30-15:00	第3報告 渡 勇輝氏「柳田国男の農政論から神道論への展開
				ー『斯民』の動向に注目してー」
15:00-15:10	休憩
15:10-15:40	第4報告 辻本侑生氏「性的マイノリティは差別を「笑い話」に変えるのか?
				ー差別発言をめぐるオンライン空間上の発話を事例としてー」
15:40-16:10	第5報告 政岡伸洋氏「民俗学の視点から
         新型コロナウイルス感染拡大に伴う混乱を考える
				ードイツ・トリア市の場合ー」
16:10-16:30	講評・閉会


発表要旨
第1報告 星 優也氏池坊短期大学専任講師・華道文化研究所研究員)
「「いけばな「依代」起源説についてー戦後における民俗学と華道の一考察としてー」
【司会・コメント】村上忠喜氏(京都産業大学)
「伝統文化」の一つに位置づけられる「いけばな」(華道)は、
華道家元池坊を筆頭に数多くの流派にわかれている。
諸流の始まりは様々だが、「いけばな」の起源を神の「依代」とする説は、
概説書などに書かれることが多い。周知のように「依代」は、
折口信夫「髭籠の話」にはじまる概念であり、
いまでは折口が創り出した語彙から離れ、もはや言葉として定着している。
本報告は、折口信夫が関わった1950年國學院大學の華道学術講座および、
民俗学者や文化史研究者が寄稿した1970年代の『図説いけばな大系』、
80年代の『いけばな美術全集』、90年代の『日本いけばな文化史』を取り上げ、
折口以降、いけばな「依代」起源説がいかに民俗学と華道界で受容され、
展開したのか素描を試みる。
この研究は、華道史・いけばな史を進めるのみならず、
民俗学の学知や研究者が戦後の「伝統文化」とどのように関わりを持ち、
いけばな認識・言説を創り出したのかを明らかにするものである。
報告は、その創造性を問う視点から、
民俗学史・史学史・流派別いけばな史を越えた、花の学知史を目指す。


第2報告 荒木真歩氏(神戸大学大学院国際文化学研究科博士後期課程)
「島の芸能をめぐる「期待」ー鹿児島県硫黄島の八朔太鼓踊りを事例にー」
【司会・コメント】橋本 章氏(京都文化博物館)
これまでの民俗芸能の研究は芸能に関わる担い手や演者、その社会組織が
扱われることが多くなっており、特にその民俗芸能に地縁のない人々が
増えていることが背景にあり、外部の参加者が近年注目されている。
そこから様々な新たな関係が生み出されていることは多く報告されてきている。
また民族音楽学の側面からも、音楽に参与する人々が注目されており、
民族音楽は所産としての音楽よりも人々が共に演じることで社会を
(再)創造したり、社会的相互作用があることはすでに言及されてきた。
本報告では、これまでの民俗芸能や民族音楽の議論を踏まえ、
離島の芸能として硫黄島の八朔太鼓踊りを事例に、
特に演者の人選の側面から具体的に検討していく。
鹿児島県鹿児島郡三島村硫黄島の八朔太鼓踊りは
毎年旧暦の8月1日・2日の2日間おこなわれる。
硫黄島は人口が約120人の離島であり、踊り子になる人は、
出身者だけでは人数を確保できず、山村留学の中学生、学校の先生、
移住者など出身や経験を問わず参加している。
ただし、八朔太鼓踊りのメンバーは10人と限られており、
多くの人が参加している約1週間の練習の途中で役員によって決定される。
踊り子となる人は踊りの巧拙だけではなく様々なことが考慮され選ばれる。
また2018年以降は、八朔太鼓踊りと同時に登場するメンドンが
「来訪神」としてユネスコ無形文化遺産になり注目を集め、
島外のイベントに参加する機会も増えた。
それによって人選がメンドンを含めて新たな様相を呈している。
この事例から見えてくることは、踊り自体が島の社会を(再)創造したり
新たな「つながり」を生んでいるというよりも、むしろそのようなことを
「期待」しており、様々な立場からの「期待」が交錯していた。
本報告ではこの芸能をめぐる様々な「期待」を描き出し、
その交錯のあり様を考察する。それによって離島の芸能について
民俗芸能の研究から新たな視点を提示することを試みる。


第3報告 渡 勇輝氏(佛教大学大学院)
「柳田国男の農政論から神道論への展開ー『斯民』の動向に注目してー」
【司会・コメント】鈴木耕太郎氏(高崎経済大学)
本報告では、柳田国男が大正期に「神道私見」を発表するに至るまでの
問題意識の展開を、中央報徳会の機関紙であった『斯民』の動向を
参照することによって、農政官僚として出発した柳田が、
いかにして神社信仰の問題に注目するようになったのかを検討する。
かつて萩原龍夫は、柳田の学問は民俗学のみならず神道研究においても
不朽の業績であると評価したが、その第一の画期として注目していたのが
「神道私見」や「祭礼と世間」など、大正期に発表された諸論考である。
しかし、萩原以後の研究によって「神道私見」の未熟性が指摘されるようになり、
この内容をめぐって河野省三と論争となった「神道私見論争」も、
突発的な事件として大きな価値は与えられてこなかった。
ところが近年では、大正期の神道研究が進むと同時に、あらためて
柳田の神道論は、大正期に勃興する多様な神道研究の展開の一つとして
注目されるようになり、「神道私見論争」も無益な論争ではなく、
その内容の射程をめぐって考察する状況が整ってきた。
ただし、このような研究動向においても、農政官僚出身の柳田が、
なぜ大正期に「神道私見」のような、神社の信仰に注目していったのかという
問題は、依然として明らかにされたとは言いがたい。
そこで本報告では、柳田も評議員として活動していた中央報徳会の機関紙
『斯民』に注目することで、日露戦後の再編過程で、
報徳思想がいかに読みかえられていったのか、
また地方改良運動のなかで神社の取り扱いがどのように変化していったのかを
同誌の動向からおさえつつ、柳田の論考をあらためて検討する。
具体的には、柳田の視察旅行記や「塚と森の話」を中心に取り上げ、
明治44年(1911)の史蹟名勝天然記念物保存協会の発足とともに、
『斯民』において老樹や神木への関心が高まっていくことを確認し、
柳田が神社に注目していく過程とその射程をとらえようとするものである。
この作業によって、「神道私見」の発表に至るまでの柳田の問題意識の展開を
明らかにできるばかりでなく、これまで議論されてきた柳田農政学から
民俗学への連続/断絶の問題に対しても、
新たな視角から論じる射程を提示したい。


第4報告 辻本侑生氏(民間企業勤務)
「性的マイノリティは差別を「笑い話」に変えるのか?
ー差別発言をめぐるオンライン空間上の発話を事例としてー」
【司会・コメント】東城義則氏(立命館大学)
本発表は、ある政治家の性的マイノリティに対する差別発言に関連して、
2020年10月にオンライン上でみられた一連の発話・反応を事例とし、
民俗学的差別研究の視点から分析と理解を試みるものである。
また、オンライン空間の分析に関する技術的・倫理的課題を
海外の先行研究も踏まえて整理しつつ、
民俗学の視点から現実に生起した出来事にリアルタイムで反応する試みでもある。
今野大輔が指摘するように、民俗学的差別研究は、
「加差別側」「被差別側」の双方に目を向け、
多様な差別問題の事例研究を積み重ねていく段階にある
(今野大輔2020「特集にあたって」『現代民俗学研究』12)。
こうした中、発表者は性的マイノリティに対する差別的な視線がどのように
形成されてきたのか、明らかにしようと試みた(辻本侑生2020
「いかにして「男性同性愛」は「当たり前」でなくなったのか」『現代民俗学研究』12)。
しかし発表者の研究は近代を扱ったものであり、
現代における性的マイノリティ差別については課題として残されている。
そこで本発表では、現代日本のある政治家の性的マイノリティに対する
差別発言によって、オンライン上でどのような発話や反応が生まれたか、
明らかにすることを試みた。
オンライン上における発話や反応を収集した結果、差別発言への非難や
抗議に加えて、政治家が用いた表現が流用されて笑いに変わり、
ハッシュタグとなって新たな発話や反応を生み出す現象が観察された。
これは島村恭則の指摘に即せば、マイノリティが抑圧された自身の状況を逆手に
取った「笑い話」的反応として理解できる
(島村恭則2020「日本の現代民話再考」『民俗学を生きる』晃洋書房)。
しかしオンライン上では、誰が当事者として発話しているかは判然とせず、
性的マイノリティ差別から文脈をずらした発話も複数みられた。
さらに数日経たないうちに、差別発言への抗議と性的マイノリティの連帯を
呼びかける性格の新たなハッシュタグが出現し、
笑い話的なハッシュタグと拮抗するようになった。
分析の結果、一連の発話・反応は、差別発言に対する性的マイノリティの
一枚岩な「抵抗」として解釈できるものではなく、
「加差別側」「被差別側」の二項対立に収斂しない様々な立場性の交錯がみられた。
民俗学的差別研究には、オンライン上をも含めた日常の発話を素材とし、
性的マイノリティ差別をめぐる複雑さを複雑なまま記述・分析していくことが
求められるのである。


第5報告 政岡伸洋氏(東北学院大学)
「民俗学の視点から新型コロナウイルス感染拡大に伴う混乱を考えるードイツ・トリア市の場合ー」
【司会・コメント】金城ハウプトマン朱美氏(富山県立大学)
本報告は、ドイツ・トリア市において滞在中に経験した
新型コロナウイルス感染拡大およびそれに伴う行動制限、
そして人びとの対応について、民俗学の視点からいかに理解できるのかを
提示するとともに、このようなパンデミックを含めた災害を対象化する際の
学問的課題について考えようとするものである。
新型コロナウイルスにより引き起こされたパンデミックは、
2020年1月23日から始まった中国・武漢市の都市封鎖、
2月5日から日本政府が行った「ダイヤモンド・プリンセス号」の隔離措置、
そして急速に世界各地で感染者が確認されると、
人びとに大きなインパクトを与えた。
この感染拡大に対し、WHO(世界保健機構)は、2020年1月30日に
「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」を宣言。
また、2月28日にはこの疾患が世界規模で流行する危険性について
最高レベルの「非常に高い」と評価。
そして、3月11日、WHOのテドロス事務局長は、
WHOの基準を逸脱してパンデミック(世界的流行)相当との認識を表明した。
その後、全世界的に感染者および死者数が急速かつ爆発的に増加し、
医療崩壊、ロックダウンや入国禁止措置等の厳しい行動制限がとられることで、
従来の日常の行動が大幅に規制され、現在においても経済的・社会的に大きな
ダメージを与え続け、大きな混乱を招いている。
2020年10月23日17:00現在、215の国と地域で、感染者は41,695,675人、
死者は1,137,193人となっている。
本報告で取り上げるドイツの状況を見てみると、2020年1月27日に上海市在住の
中国人女性と会議を同席したバイエルン州在住の33歳男性会社員の感染が
確認されると、職場内でクラスターが発生、
その後ノルトライン・ヴェストファーレン州を中心にドイツ各地で感染者が
急増しはじめ、3月13日にはメルケル首相による行動制限についての演説、
3月15日にはフランス・ルクセンブルグ・スイス・オーストリア・デンマークとの
国境を封鎖、その後5月6日までロックダウンに入り、通院や買い物、
健康維持のための散歩など最低限の行動を除いて外出、
家族以外の人との接触が禁止されることになった。
一方、人びとは天気の良い日などに外出したり、友人や知人との接触による
感染が報告されるなど、公衆衛生的な行動をめぐって混乱も生じ、
マスク反対デモも行われたが、なぜこのような現象が見られたのであろうか。
そこで、本報告では、ドイツ・トリア市の事例をもとに、パンデミック以前の
日常の暮らしのリズムと新型コロナウイルス感染対策状況とを対比させつつ、
人びとの行動の背景を検討するとともに、その分析結果を踏まえ、
民俗学の立場から災害にいかに向き合うべきか、
その学問的独自性・有効性についても考えてみたい。

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・参加者は原則として京都民俗学会会員のみとします。
・オンラインアプリはzoomを使用します。
 なお参加希望者へのアプリ使用についてのサポートは行いません。
・今年度の会員総会は年会内では開催致しません。
 仔細は別途ご案内させて頂きます。

>>年次大会の記録を見る

会員へのおしらせ

京都民俗学会第39回年次研究大会の報告者募集

謹啓

錦秋の候、会員各位におかれましては、
ますますご盛栄のこととお慶び申し上げます。
平素は当会の活動にご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。

さて、京都民俗学会では、第39回年次研究大会の報告者を
下記の要領にて募集いたします。
報告に応募される会員の方は、10月23日(金)までに
応募フォームにアクセスしてフォームに必要事項をご記入ください。

なお、本年の年会は新型コロナウイルス感染症の拡大を予防するため
オンラインによって開催させていただきます。
その旨をご了解いただいた上で発表への応募につきましてご検討下さい。
会員諸氏の日頃の研究成果を公開し享受し合う機会として、
有意義な年会にしたいと存じます。
多くの方々の御応募をお待ちしております。

                                                                                                         謹言

           記

京都民俗学会第39回年次研究大会開催要項

・開催日時 2020年12月12日(土) 13時から17時頃まで
・報告時間 質疑応答含み1名あたり30分程度を予定
・開催方法 オンラインによる


公開:2020年10月04日
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