第382回談話会(第17回卒業論文報告会)

日時 2026年3月1日(日)9:30〜18:00
開催 立命館大学 衣笠キャンパス 清心館 地階SE009教室
共催 日本民俗学会
後援 立命館大学国際言語文化研究所
タイムテーブル
| 時刻 | 内容 | 発表者・報告タイトル | コメント |
|---|---|---|---|
| 9:30 | 開会 | ||
| 9:35 | 第1報告 | 郷間咲槻氏(佛教大学歴史学部) 「弁財天信仰の民俗学的研究―南小松の弁天さんを事例に―」 | 村上忠喜氏(京都産業大学) |
| 10:10 | 第2報告 | 入交陸渡氏(佛教大学歴史学部) 「日本の昔話における異類婚姻譚―子孫誕生型を中心に―」 | 村上忠喜氏(京都産業大学) |
| 10:45 | 第3報告 | 頭師光希氏(筑波大学人文・文化学群) 「ギオンを貰うということ―稲田の祇園を中心に―」 | 中西 仁氏(立命館大学) |
| 11:20 | 第4報告 | 金原麻衣氏(神戸大学国際人間科学部) 「実践の再編を通じて持続する伝統:⻑野県新野の盆踊りと切⼦灯籠作りの⺠族誌」 | 今中崇文氏(京都市文化財保護課) |
| 11:50 | 休憩 | ||
| 13:00 | 第5報告 | 谷口穂夏氏(立命館大学文学部) 「西六条本願寺蒐覧会における出品の地域的特徴―宗教史的背景と交通条件に着目して―」 | 今中崇文氏(京都市文化財保護課) |
| 13:35 | 第6報告 | 広井悠暉氏(関西学院大学社会学部) 「放生儀礼の民俗化に関する一考察」 | 菊地 暁氏(京都大学) |
| 14:10 | 第7報告 | 小島都和氏(ものつくり大学技能工芸学部) 「VTuberのベースギター演奏は、なぜおかしく見えたのか?:技能の表象をめぐる考察」 | 菊地 暁氏(京都大学) |
| 14:45 | 第8報告 | 篠﨑磨人氏(筑波大学人文・文化学群) 「囃子の伝承における楽譜をめぐる葛藤―茨城県筑西市の笛・太鼓教室での指導から―」 | 松岡 薫氏(天理大学) |
| 15:15 | 休憩 | ||
| 15:30 | 第9報告 | 岩上愛実氏(武蔵大学人文学部) 「練馬区内の庚申講と新型コロナウイルスの影響」 | 樽井由紀氏(奈良女子大学) |
| 16:05 | 第10報告 | 秋元結香氏(武蔵大学人文学部) 「撫仏としての賓頭盧尊者の起源について」 | 東城義則氏(佛教大学) |
| 16:40 | 第11報告 | 森 花月氏(天理大学文学部) 「鳥の民話─「ミソサザイは鳥の王」を中心に─」 | 東城義則氏(佛教大学) |
| 17:15 | 第12報告 | 加藤日子氏(筑波大学人文・文化学群) 「近代養蜂という生業にみる人と自然の関わり」 | 増崎勝敏氏(愛媛大学) |
| 17:45 | 講評 | ||
| 17:50 | 閉会 |
報告要旨
郷間咲槻氏(佛教大学歴史学部)
「弁財天信仰の民俗学的研究―南小松の弁天さんを事例に―」
本研究は、滋賀県大津市南小松の「弁天神社」(通称「弁天さん」)の来歴と信仰の実態を把握することを目的とし、信仰の変遷を①創建期、②小村家主体の信仰期、③信仰の個人化の3期に区分して分析した。
まず、明治43年(1910)に創建された際の縁起「辨財天ノ傳記」から、弁財天が当初は天台真盛宗石山城大仙寺の守護神として祀られ、寺院中心の信仰であったこと、蔑ろにすれば「祟り」、帰依すれば「幸」が授けられたことが確認できた。また同資料は、弁財天の加護による大仙寺や南小松の繁栄を示し、大仙寺住職土永妙運氏を顕彰する性格も持っていた。
そして、『小村家文書』に含まれる「弁財天関係資料」のうち、「涼山辨財天参詣次第記」および「涼山辨財天参詣人名簿」から、近世以来庄屋を務めた小村家と「先生」と呼ばれる人物を中心に「毎月のお参り」が行われ、年間最多161人が参加する活発な信仰集団が形成されていたことがわかった。この時期、弁天神社は多様な神々を拝む遥拝所的性格を有していたが、昭和45年(1970)の「先生」の代替わりを機にその機能は薄れ、境内の神々中心の信仰へ移行した。その後、「先生」の病気や小村家の管理途絶により、「毎月のお参り」は行われなくなり、信仰は個人化していくこととなる。
本研究では、令和4年(2022)6月から、令和7年(2025)10月にかけて南小松在住の66歳から93歳までの男女7名に行った聞き取り調査から、小村家主体の信仰形態と個人化した信仰形態を比較した。その結果、かつては「先生」からのお告げや、参拝後に茶菓を囲んで交流する場が形成されていたが、現在は個々の参拝者が独自のスタンスで参拝や掃除を行うのみとなっていることがわかった。
以上より、弁天神社では、信仰母体が大仙寺から小村家、そして個人へと移行し、信仰の形が変化してきたことが明らかとなった。
入交陸渡氏(佛教大学歴史学部)
「日本の昔話における異類婚姻譚―子孫誕生型を中心に―」
本研究では、日本の各地で伝承されてきた昔話のうち、子どもの誕生を伴う「人間とそうでない存在との婚姻」である異類婚姻譚・子孫誕生型を対象に、それらが持つ独自性や社会的意味を明らかにすることを目的とした。
具体的には、昔話分類の先行研究である『日本昔話通観第28巻 昔話タイプ・インデックス』に基づき、収録されている全タイプ分類から異類婚姻譚を抽出し、複数の項目によって分析することで、異類婚姻譚全体における傾向を調査した。その結果を踏まえ、異類婚姻譚及びその下位分類としての子孫誕生型に介在する意識を考察し、さらには近世村落社会との関係性を明らかにすることを試みた。これにより、異類婚姻譚全体において中心的と判断できるのは異類女房の嫁入りであり、夫婦は離別する傾向にあり、誕生する子孫は人間である場合が多いことが確認できた。
以上の結果から、異類は排除・拒絶の対象として描かれていることが明らかとなった。一方で、人間社会の秩序と繁栄のため、類稀な富をもたらす異類の力を完全な排除ではなく、制御可能な形に変換する手段として「異類の血を引く人間子孫の誕生」が機能していると解釈できる。
また、ここでの異類とは異類女房のことを指し、異類婿ではない点に父系社会との関係が考えられる。仮に異類婿譚において子孫が誕生した場合、父系社会においてはその子孫は異類の系譜に属するものであり、人間社会そのものから逸脱した存在となる。そのため異類婿譚で子孫誕生が語られにくいものと考えられる。特に近世村落社会においては家制度が重視されていたこともあり、伝承の過程で時代の社会構造にそぐわない事例が淘汰され、父系社会に適応した事例のみが現在にまで残存した可能性も示唆される。
本研究の意義は、異類婚姻譚全体の傾向を示したうえで、世相やジェンダー観、特に父系社会との関係を考察したことにあると言える。
頭師光希氏(筑波大学人文・文化学群)
「ギオンを貰うということ―稲田の祇園を中心に―」
茨城県中南部には、モライギオンという民俗語彙が集中的に分布する。この語は、例えば、他所のギオンに合わせて、自らも祭礼を行ったり、休み日にしたりすること等を指す。従来、このように他所の祭礼を前提とする民俗は、祇園信仰や祭礼の研究において、十分に論じられてこなかった。そこで本研究は、モライギオンと呼ばれる事例を対象とし、祇園信仰にかかわる柔軟な実践の一端を描き出すとともに、他所の祭礼に連動して行われる民俗の形態と、その担い手の心意を捉えようした。
まず、郷土史等の文献資料を中心に四十九の事例を収集し、いくつかの要素に着目して、それぞれ類型化を行った。その結果、モライギオンと呼ばれる事例は、複数の要素が交錯しあい、雑多な様相を呈していること、また、モライギオンと呼ばれるための、明確かつ客観的な基準を見出せないことが明らかとなった。
そこで具体的に、茨城県笠間市関戸地域の事例を取り上げ、人々の内面を検討した。関戸地域は、同市稲田地域の祇園祭を貰っており、稲田地域の神輿を自らの地域に招いて神事を行っている。関戸住民は、関戸地域内部で行われる神事を自らの祭礼と考える一方、神霊自体は稲田地域のものと認識していた。また、関戸地域には、このような祭礼形態をとる由来が、複数伝承されていた。ここに、特異な形態をとっているという、彼らの困惑が伺える。それでも彼らが、同形態を維持してきたのは、信仰的・娯楽的・交際的な利点があるためと考えられた。
モライギオンと呼ばれる事例は、人々が、利点のために、自らが特異と考える方法をとり、それに対して説明を加えながら、民俗的な実践を続けてきたものであった。この柔軟な実践には、祇園信仰や祭礼一般に対する期待と、地域の事情を踏まえた工夫が、強く表れていると言える。本研究は、それらを捉えることで、祇園信仰や祭礼の役割を理解する一助となったと考える。
金原麻衣氏(神戸大学国際人間科学部)
「実践の再編を通じて持続する伝統:⻑野県新野の盆踊りと切⼦灯籠作りの⺠族誌」
本研究は、長野県下伊那郡阿南町新野地区で行われている盆行事である「新野の盆踊り」と、その象徴的存在である切子灯籠の制作実践を対象に、伝統がいかにして持続してきたのかを民族誌的に明らかにすることを目的とする。新野の盆踊りは約500年の歴史を持ち、ユネスコ無形文化遺産にも登録されているが、人口減少や高齢化、外部参加者の増加など、実践を取り巻く社会的条件は大きく変化してきた。
本研究では、こうした状況のもとで伝統を固定的な形式として捉えるのではなく、「実践の再編」を通じて持続してきた動態的な営みとして捉え直す。理論的枠組みとしては、アルノルト・ファン・ヘネップおよびヴィクター・ターナーによる通過儀礼論と、エリック・ホブズボウムの「創られた伝統」論を参照し、これらの理論が新野の盆踊りの実態をどこまで捉え得るのかを検討した。
調査方法として、2024年8月および2025年6月・8月に実施した参与観察と聞き取り調査を用いた。切子灯籠については、現在主に制作を担う一人の作り手と、その弟子による制作過程を記録し、道具や工程の調整、担い手の動機に注目した。また、盆踊りについては、準備から終夜の踊り、神送りに至るまでの実践を民族誌的に記述し、踊り手・音頭取り・関係者の語りを通して、参与のあり方や意味づけの変化を分析した。
その結果、切子灯籠の制作や盆踊りの実践は、過去の形式を単に再現する営みではなく、状況に応じた調整と再編を通じて成り立っていることが明らかになった。これらの実践は、通過儀礼論が想定する線形的な構造に必ずしも収まりきらず、意味や方法が再編され続けることで「伝統」としての連続性が保たれている。 以上から本研究は、新野の盆踊りと切子灯籠を、「実践の再編を通じて持続する伝統」として位置づけ、伝統を固定的なものとしてではなく、変化を内包しながら維持される営みとして捉える視点の有効性を示した。
谷口穂夏氏(立命館大学文学部)
「西六条本願寺蒐覧会における出品の地域的特徴―宗教史的背景と交通条件に着目して―」
第二次世界大戦以前に開催された博覧会に関する研究は、開催者や出品物に着目した研究が多いなか、出品元について考察したものは少ない。特に、出品の地域的傾向の分析は十分とはいえない。本研究では、1890(明治23)年4月に行われた第2回西六条本願寺蒐覧会を事例に『西六条本願寺蒐覧会陳列目録』を用いて、出品物の所蔵の地域的特徴を明らかにする。
この蒐覧会は、1875(明治8)年~1910(明治43)年に西本願寺において5回開催され、全国の門末寺院や個人から親鸞や蓮如に関わる重要な法物が展示された。西本願寺は浄土真宗の総本山であり、当時は近畿地方を中心とした西日本や北陸地方に多くの門末寺院が分布していた。
出品物は浄土真宗の重要人物に関わる法物が中心であり、第2回の出品数は403点であった。とりわけ関西地方や北関東地方から文書(67点)や絵画(56点)などの出品が多く、北陸地方や中国地方などからは少なかった。特に、常陸地方から仏像(9点)や絵画(19点)の出品が顕著であり、総出品数(53点)は近江地方に次いで多かった。その要因として当地域は、親鸞が1214(建保2)年から約20年間居住して布教を行った地域であり、ゆかりの法物が多く保存されていたためである。
常陸地方において高弟の遺跡寺院とされる二十四輩寺院に着目すると、出品寺院は1889(明治22)年1月に霞ケ浦の水運との連絡を背景に開通した水戸鉄道の沿線に分布している。つまり、日本鉄道・小山駅―水戸駅間の開通によって出品の機会を蒸気させたのであろう。これは、当時鉄道が未整備であった広島以西や北陸地方とは対照的である。このように、本蒐覧会への出品の地域的特徴は、宗教史的要因だけでなく交通条件が大きく関わっていたのである。
広井悠暉氏(関西学院大学社会学部)
「放生儀礼の民俗化に関する一考察」
本論では、先行研究において中世以前の放生会が権力や政治との繋がりが強い儀礼として数多く研究されてきたのに対し、これまで扱われてきたことが少なかった近現代における放生会について、江戸期以降を中心に生じた、権力から乖離し、各地で人々の生活文化の中で再解釈され変化していく流れを、「民俗化」と定義して検討していく。
前提として、放生会は中国やインドをはじめとする仏教の教えである「殺生禁断」に由来する儀礼であり、日本には仏教伝来と同時期の奈良時代にその思想は持ち込まれた。それと同時に八幡信仰と結びつき、中世までは、権力との結びつきが強い、政治的な性格を帯びた神仏習合の代表的な儀礼であった。
しかし、本論で取り扱う各事例においては、江戸期以降、一部の放生会や放生儀礼が政治や権力といったことから離れてゆき、その後各地における社会状況や信仰などといった様々な要因によって「民俗化」していく様相を、それぞれ「露店や出し物に注目が集まる放生会」・「流用される放生儀礼」・「消えた「放生会」」と題し、明らかにすることを目的としている。
小島都和氏(ものつくり大学技能工芸学部)
「VTuberのベースギター演奏は、なぜおかしく見えたのか?:技能の表象をめぐる考察」
本研究では、学術的研究の少ないVTuberについて、違和感を足がかりとして基礎的な考察を試みる。
VTuberが表現する技能として、VTuberによるバンドユニット「2時だとか」の楽器演奏に着目し、VTuberならではの特徴を考察するため、現実と架空合わせて7バンドを比較した。具体的作業として、インターネット上に公開されているコンテンツから楽器演奏シーンをGIF形式等で切り抜き、これを基礎データとして、それぞれのシーンに対する違和感について具体的なコメントを記し、最終的に、切り抜いた楽器演奏シーンに対する違和感を覚えたシーンの割合を計算した。検討した合計203シーンのうち「2時だとか」は全46シーン中の33シーンに違和感を覚えた(約71%)。比較した他の6バンドのうち最高値でも約16%なので、今回対象としたVTuberの楽器演奏は違和感に溢れていることが、単なる印象論ではなく数値としても指摘できる。
単なる違和感の有無だけでなく、さらに考察を深めるために、7バンドの楽器演奏シーンを相対的に位置づけるポジショニングマップを用いて検討した。運指に無理がないなど楽器演奏の物理的な整合性を「リアル感」とし、それとは別に、実際に楽器演奏している臨場感を「ライブ感」として、比較した6バンドを並べると、ライブ感とリアル感には相関性がみられた。現実のバンドの楽器演奏がライブ感・リアル感ともに最高なのに対し、漫画のバンド演奏表現は当然ながらライブ感とリアル感はともに最低である。ところが「2時だとか」は、ライブ感は高いのに、リアル感はそれに見合わないほど低い評価となった。
結論として、VTuberの楽器演奏に対する違和感は、リアル感とライブ感との乖離によって引き起こされる、との仮説を提示したい。今回の、VTuberのファンではない立場からの仮説を、ファンの視点を加えて再検討するのが、次の課題である。
篠﨑磨人氏(筑波大学人文・文化学群)
「囃子の伝承における楽譜をめぐる葛藤―茨城県筑西市の笛・太鼓教室での指導から―」
本研究は、茨城県筑西市における子供向けの囃子伝承活動(笛・太鼓教室)を事例に、指導者が抱える「楽譜」をめぐる葛藤に注目し、その伝承の在りようを明らかにするものである。発表者は調査地の出身であり、指導者として参与してきた当事者の視点から観察、考察を行った。
調査で見えてきたのは、規範になりきれない楽譜の存在と、それを扱う指導者たちの葛藤である。笛の楽譜は、先代の師匠が子供向けに情報を削ぎ落として作成したものだが、現在の指導者らはその内容を「インチキ」と表現して否定しながら、集団指導の効率性を考えれば楽譜に依拠せざるを得ないと自覚する、板挟みの状況にある。教室では、目の前の楽譜と実際の演奏との差異をめぐり、方針をすり合わせるためのインフォーマルな協議が幾度となく挟まれる。一方で太鼓教室に目を向けると、歴史的に集成された楽譜が存在しながらも、練習現場には一切登場しないという対照的な姿があった。
本研究では、こうした指導と楽譜の間に生じる指導者らの葛藤の様子を記述しながら、囃子の伝承において楽譜はいかに機能しているか、伝承の場面で生じる葛藤とはいかなるものであるかを分析した。楽譜をめぐる協議による指導の停滞は、一見非効率ではあるが、当事者たちが各々の理想の囃子を模索し語り合うための「場」となっているのである。
研究上の課題として先行研究のさらなる検討や事例の一般化、調査においては学習者である子供たちの視点や練習の成果が結実する祭礼本番の分析などが今後の課題として残る。当地でいまも使用され続ける楽譜と人々の営みを民俗学・民俗芸能研究の視点からいかに扱えるか、今後も継続して取り組んでいきたい。
岩上愛実氏(武蔵大学人文学部)
「練馬区内の庚申講と新型コロナウイルスの影響」
本論文は、日本の民間信仰である庚申信仰を対象に、その歴史的背景と信仰形態の変化を踏まえつつ、近現代における庚申講の存続状態について、高齢化や新型コロナウイルス感染症などの社会的変化に着目して考察したものである。
庚申信仰は、中国道教の三尸説を起源とし、日本では平安期以降、庚申待として受容された。当初は遊宴的・年中行事的性格が強かったが、時代の推移とともに仏教や在地信仰と習合し、庶民の生活に密着した民間信仰として展開した。庚申塔や板碑に表れる信仰対象の多様化は、庚申信仰が特定の教義に固定されず、現世利益を重視しながら柔軟に受容されてきたことを示している。
一方、近現代における庚申講は、地域社会の結束を支える役割を果たしてきたものの、少子高齢化や生活様式の変化により、その維持は次第に困難となっていた。こうした状況下で発生した新型コロナウイルスの流行は、人々が集まることを前提とする庚申講の活動に決定的な影響を及ぼした。感染拡大防止のための集会中止や簡略化は、一時的対応にとどまらず、講の存続意義を問い直す契機となり、結果として解散や活動停止を選択する事例が確認された。全国的に広がる民間信仰は希少性が低く、保全対象になりにくい。そのため、一つ大きな壁に当たると簡単に消滅してしまう脆さがある。そうした信仰や行事に対して我々がどうアプローチすべきか考えていく必要があるだろう。
秋元結香氏(武蔵大学人文学部)
「撫仏としての賓頭盧尊者の起源について」
賓頭盧尊者は撫で仏として寺院に安置され、病気や患いを有する人の患部にあたるところと賓頭盧尊者の同じ個所を撫でると治る信仰として受容されている。ところでそもそも賓頭盧尊者とは何者なのか。なぜ、いつから撫でられているのだろうか。私たちは各々の疾患を和らげ、解決することを願って賓頭盧尊者を撫でるのみで、大抵は賓頭盧尊者の由来や撫でる信仰の起源や意義に疑問を持たない。私はこうした、当たり前の信仰として浸透し、その由来や理由についてフォーカスされずに素通りされてしまう賓頭盧尊者に興味を持ち、フィールドワークと文献調査を通じて考察することにした。
まず賓頭盧尊者とは、神通力に長じたが、みだりに神通を用いたために仏に叱られ、涅槃を許されず、生涯尊者として人々の近くで救い続ける存在として解説されている。日国では賓頭盧尊者を指す語として「撫仏」を引くことができ、その語例の初出を調査すると江戸後期に遡ることが分かった。そして当時の庶民生活を映した文献『誹風柳多留』では「撫仏」という語自体は使われていないものの、賓頭盧尊者像を撫でる信仰が既に行われていたことが窺えた。さらに当時の社会状況を検討すると、戦乱のない平和と文化・信仰の繁栄があった一方で飢饉や疫病といった災害にも見舞われたことから民間信仰の流行が始まったことが考察できた。
次に賓頭盧尊者が安置されている5か所の寺院と、撫牛や子宝犬などの撫でる信仰が行われている2か所の神社でフィールドワークを行ったところ、賓頭盧尊者は江戸時代後期以降からに安置されるようになったことが分かった。そして撫牛、子宝犬は元々撫でる事が目的とされておらず、いつの間にか撫でられるようになったことが分かった。これらを踏まえ、賓頭盧尊者を撫でる信仰は江戸後期の民間信仰の流行と社会的背景と深く結びつきながら自然に人々の間で行われるようになったと考察した。
森 花月氏(天理大学文学部)
「鳥の民話─「ミソサザイは鳥の王」を中心に─」
本研究では数多くある鳥の民話の中でも小型の鳥であるミソサザイが登場する民話に焦点を当て、日本人がミソサザイに抱いていた認識と生態の反映を明らかにする。
まず、『日本昔話通観』から全国のミソサザイの民話を抽出すると、「みそさざいは鳥の王」という話が多く見られた。また、ミソサザイの民話の採集地は、山地・山麓地域に多く分布していた。ミソサザイは普段山地に生息するが、秋~冬に山麓に降りて来るという生態があり、この民話分布には生態との関わりがあると予想された。そこで、ミソサザイの民話分布が他の鳥と異なることを確認するため、全国で民話の分布が見られるスズメを対象に採集地ごとの比較を行なった。すると、採集地自体が都会から離れた山地に多い傾向があるものの、同じ採集地の中ではミソサザイの民話の方がスズメよりも山地寄りに多く、この分布には棲息環境の影響も無視できないと考えた。
続いてミソサザイの民話を「主要人物」と「脇役」の二つの登場の様相に分けて考察した。ミソサザイが主要人物として登場する「みそさざいは鳥の王」では、ミソサザイが民話中で発揮する「強さ」「賢さ」から、小さい者が知恵と力を強者に勝つという典型的な動物競争譚の特徴を見出すことができた。また、ミソサザイが脇役として仇討ちに加わる設定の「猿蟹合戦」が北陸地方にあり、この鳥が寒冷地で見られるという特徴や、柿・囲炉裏など「猿蟹合戦」自体が持つ季節感から生態との結びつきを指摘した。
なお、ミソサザイの鳴き声の「聞きなし」はほとんど報告がないが、林宏『十津川村探訪記 民俗2』に「カナゴキ千両」という例があった。カナゴキ(金扱)は千歯扱きで、秋~冬の脱穀・調整に用いられ、その時期はちょうどミソサザイが村に現れる時期である。 以上、民話で表現されるミソサザイには、人々が生活の中で捉えた生態や自然環境の反映があり、それが典型的な動物民話として語られてきたことを論じた。
加藤日子氏(筑波大学人文・文化学群)
「近代養蜂という生業にみる人と自然の関わり」
本研究では、山口県と茨城県の養蜂家を調査対象として、人と自然の関係の中でも、人が自然を捉える範囲とその方法が、社会との関係を含めていかに形成・調整されているのかを明らかにすることを課題とした。人と自然の関係は、行為者によって構成された自然全体との関わりが注目されてきたが、本研究では、ある目的のもとで選択的に捉えられる、より部分的な範囲の自然との関わりを捉えることを試みた。あわせて、そのような自然の構成に伴う背景的な事情や、養蜂家自身の認識・心意にも注目した。
よって本研究では、自然との関わりが生活において部分的である一方、採蜜という明確な目的のもとで自然が構成される様子の確認が可能な生業である近代養蜂を対象とした。本研究では、養蜂家への聞き取り調査や観察を通して、養蜂家が養蜂を営む中で自然をどのように捉え、関わっているのかを検討した。
その結果、養蜂家が関わる自然は、環境に存在するすべての自然ではなく、採蜜という目的のもとで、ミツバチを通して把握される範囲に集中していることを明らかにした。このような自然の捉え方は、ハチミツを生産し商品として流通させるという生業のあり方によって方向づけられており、自然条件だけでなく、流通や販売といった社会的要因とも密接に結びついていることを示した。養蜂家と自然の関わりは、ミツバチを中心に構成された部分的な範囲の自然との関わりであり、その結果もたらされるハチミツが生計維持活動の中心となるという点で、養蜂家・自然・社会は切り離されるものでなく、地続きの関係にあるといえる。
参加方法
・【対面参加】京都民俗学会・日本民俗学会の会員は無料。非会員の方は300円。会場に直接お越しください。参加登録は不要です。
・【オンライン参加】京都民俗学会会員の方は、開催日まで配信情報を告知いたします。日本民俗学会会員の方で、オンライン参加希望の方は個別に京都民俗学会までお問い合わせください。

