日時 2021年5月30日(日)13:30-
開催形式 オンラインによる(zoom)
共催 日本民俗学会
タイムテーブル
13:30-13:35 趣旨説明
13:35-14:15 隈田原 早稀氏(佛教大学大学院)
「懸装品「朝鮮毛綴」の起源についての考察—名称と素材分析を中心に―
」
*報告30分・質疑応答10分
コメンテーター
村上 忠喜氏(京都産業大学)
参加方法
参加希望者は、5月21日(金)23:59までにWEBフォームから申請して下さい。後日IDとパスワードをお送りします。
・参加者は原則として京都民俗学会会員のみとします。
・オンラインアプリはzoomを使用します。なお参加希望者へのアプリ使用についてのサポートは行いません。
報告要旨
隈田原 早稀氏(佛教大学大学院)
「懸装品「朝鮮毛綴」の起源についての考察—名称と素材分析を中心に―」
第1章では、先行研究のなかでも、祇園祭山鉾連合会刊行の報告書[梶谷・吉田 1992][祇園祭山鉾連合会 2013]をもとに、各団体・個人に収蔵される毛綴を一覧表化した。次に、作成した一覧表から先行研究や古文書などの文献史料を分析した。その結果、毛綴は1992年に祇園祭山鉾連合会より報告書が刊行される以前は「朝鮮毛綴」と呼ばれず、収蔵される各地でさまざまな名称で呼ばれていたことが明らかとなった。
また、生産地や伝来経路に関しての先行研究を整理した結果、各々複数の説があることがわかった。まず、吉田孝次郎を中心とする「朝鮮産、日朝交易、対馬経由で京都に舶来」説と、次に佐々木史郎が唱える「中国産、山丹・アイヌ交易、松前藩経由で京都に舶来」説である。加えて、中国製とする説の中でも、Gloria Gonickは「中国産、青海省・甘粛省製」説を、Hanna Woidtは「中国産、蘇州製」説を指摘し、「蘇州ラグ」という毛綴と類似した装飾品も存在していることがわかった。
第2章では、毛綴のヨコ糸に含まれる扁平な獣毛繊維について論じた。扁平な獣毛繊維は動物の生育環境が起因となって発生すると考えられているため、獣毛の生産地を特定できる特徴の一つだとされてきた。しかし、甲賀市の水口曳山祭の毛綴と中国・イラン・マリなどを生産地とする獣毛とのマイクロスコープを用いた比較から、扁平な繊維はどの地域の羊毛、山羊毛にも含まれており、生産地に結びつく特徴ではないことがわかった。
第3章では、朝鮮半島および韓国における毛綴の痕跡をその名称や獣毛の利用から探った。結果、京都・滋賀地域に残る毛綴の製作年代と推定される16世紀から19世紀の李氏朝鮮時代には、毛織物製織文化が途絶えていた。また、毛綴の幾何学的な平面で構成される模様表現と類似性があるとされてきた朝鮮の「民画」の特徴は、中国やモンゴルの意匠にも共通性があり、意匠からは生産地を特定することはできなかった。
以上より、先行研究において朝鮮産とされてきた毛綴の生産地は中国である可能性が限りなく高いと考えられた。しかし、現在、朝鮮民主主義人民共和国である朝鮮北部は調査が難しいために、朝鮮産である可能性を完全に否定するには至らなかった。また、江戸時代には朝鮮・オランダ・琉球・アイヌに開かれていた交易口すべてから中国産品が流入していたことがわかったため、伝来経路については不明なままとなった。
そして、毛綴が京都に多く所蔵されている可能性の一つとして、同時代の京都に存在した「朝鮮問屋」を挙げた。朝鮮問屋とは、日朝交易の中心であった対馬藩が交易で得た絹糸や絹織物などの輸入品販売拠点であり、そこでは希望の物を注文すれば購入できたという。しかし、その生産地は必ずしも朝鮮ではなかったとされる。また、京都に次いで毛綴を所蔵する亀岡市は、かつて京都と山陰地方を結ぶ物流要地として、滋賀県は近江商人の経済拠点として栄えていたため、その経済力が毛綴の収集を可能にした、と推測する。
本修士論文では毛綴の染料や顔料、意匠の編年と生産地の関係について深く追求できなかった。国内への流入経路や流通経路とともに、今後の課題としたい。